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1月前半の日記

1月前半の日記


新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。


1月15日(水) 初めての点滴体験
今日も熱は下がらなかった。しかも咳でミルクを吐いてしまうし、食欲はないし、相変わらず息はゼィゼィ言っている。とりあえず昨日行った内科に電話してみた。「熱が下がらない?39.8度あるの?じゃあ点滴しにおいで。」と言われたので、お昼ごろまた病院に行った。点滴は先生がやったけど、脱水しているからなかなか血管が見当たらず、3回刺しなおした。これにはちびコングも大泣き。せっかく入った針を抜こうとして大変だったけど、しばらくしたら慣れたようで大人しくなった。約1時間くらいして点滴は終わり、無事に帰ることにした。先生には「この子はもう下り坂に入ったけど、飛行機はやめたほうが良いかも知れないよ」といわれてしまった。
ホテルに帰ってきてANAに電話すると、当日の朝出発するまで便の変更ができると言われたのでとりあえず安心した。夫のチケットも100ドル払えば変更できるということだった。午後になり、私もだんだんと具合が悪くなった。熱を測ると38.6度。今度は私が同じ内科に行く羽目になった。先生は「そりゃ、あの子につきっきりなんだからお母さんだってかかるのは当然でしょ」と当たり前のように言われ、大きな注射を1本打たれ、薬をもらって帰ってきた。なんとパーキンソン病の治療薬がインフルエンザに効くらしくシンメトレルが処方された。ついに2人がダウンしてしまった。
ところで昨日からわざわざちびコングに会いにきてくれているおばあちゃんは、ほとんど会えずじまいで2日目を終わってしまった。


1月14日(火) おばあちゃんがやってくる
今日から2泊、パパの方のおばあちゃんが一緒に泊まる予定になっていた。10時ごろおばあちゃんはやってきた。ちびコングは大はしゃぎ。とりあえずランチをと言って、みんなでランチを食べた。食べた後ちびコングを抱いてみると熱があることに気がついた。39度。しかも今度はゼィゼィ言っている。ホテルの人に医者がいるか聞いてみると医者はいないけど近くに内科があると紹介してくれ、そこに行くことにした。病院に行ったら、先生に怒られた。「これはね、インフルエンザだよ。なんで予防接種をしておかなかったの??こんな苦しい思いをさせてかわいそうでしょ。肺炎にもなってるし。金曜日に飛行機?乗れるかどうか分からないよー」と言われ、初めてこの一連の熱がカゼではなくインフルエンザと知った。とりあえず薬をもらって帰ることにした。薬の中に眠くなる薬があるらしく、薬を飲んだあとは良く寝ていた。ちびコング頑張れ。


1月13日(月) いよいよ実家を出発
お姉ちゃんの友達がホテルまで送ってくれることになった。これはすごくありがたい。とりあえずダンボールは2つとも成田のホテルまで送った。他の荷物も電車で行くなら送ろうと思ったけど、車で送ってくれると言ってくれたので持っていくことにした。サーフの荷台一杯に何とか入った荷物。友人は「これでどうやって電車に乗ろうとしたの?」と呆れていた。それもそのはず、だってスーツケース1つ、ボストンバッグ1つ、大きな紙袋3つ、ストローラー、ママバッグ、カーシートだもん。
ホテルにお昼頃着いたので、近くのレストランでみんなでランチを食べた。ちびコングは機嫌よくしていた。ランチの後ホテルのカフェでケーキを食べ(なんとランチよりもカフェの方が高かった)、お姉ちゃんは「いろいろありがとう」と言って泣きながらお餞別をくれた。私も泣きながら「ありがとう」と言った。あんなに早く帰りたかったけど、意外と居心地がよかったことに今気がついた。こんなことならもう少しいればよかったかしらなんて思いながらバイバイした。お姉ちゃん、私のほうこそいろいろと本当にありがとう。
ホテルの部屋に入ると二人でお昼寝をした。そして6時ごろ…パパがやってきた。実はパパは今日は一人で泊まり、明日私たちがやってくると思っていたのでびっくりしていた。「チェックインしようと思ったら、もうお連れの方がされていますって言うからびっくりしたよ」と言いながらも久しぶりのご対面に嬉しそう。ちびコングもキャッキャッ言いながら遊んでいた。さあ、本当に家に帰るんだ。


1月12日(日) 意外と早く熱は下がった
今日は元気があった。熱もあまりなくて、出ても37度後半。食欲もまあまあだったし、これは大丈夫かな?と判断して予定通り明日都内へ移動することにした。ママは結局あきらめて、ちびコングパパがアメリカから迎えに来てくれることになり、明日到着する。荷物は大体片付いたが、全部持っていけるのかが不安だった。ANAのホームページや電話で確認して、一人2つまで、各32キロまで無料でチェックインできることはわかっている。ダンボールの寸法も測った。パパには何も持ってくるな。スーツケースは空でできるだけ大きいので着て欲しいと頼んでおいたし。
ちびコングは元気に家の中を飛び回っていたので大丈夫だろう。


1月11日(土) 予想に反して熱は上がる…
今思うと、この日が一番ピークだったのではないかと思うくらい、この日は元気がなかった。朝からご機嫌も悪く、食欲もない、ゴロゴロばかりしていて、午前中からお昼寝しちゃう。熱は39.8度まで上がった。午後になるともっと悪くなってきている感じがして、さすがの私も病院に行こうかと思ったが、週末でどこに行こうか困っていたことと、まだ大丈夫だろうという気持ちがあって、そのまま様子を見ることにした。解熱剤を飲むと何とか熱が下がるので大丈夫と思ったのだ。結局この日は食事は一切摂らず、ゴロゴロと過ごすことになった。


1月10日(金) 保育園の最後の日
今日で楽しかった保育園は終わり。保育園が終わりって思うといよいよ家に帰る日が近づいてきたと感じる。ママはまだ「一緒に行くからキャンセルしないで」と言っていた。まあいつキャンセルしても値段は変わらないから最後までキャンセルは待ってみることにした。ちびコングのパパに電話をするとママが一緒に来れないなら迎えに来てくれると頼もしいことを言っていた。
保育園が終わってしまう前に海外転出届けを出した。保険証はギリギリまで使えるように転出日を17日の出発日にした。国民健康保険の保険料で4ヶ月で25000円と言われた。これにはびっくりしたが、これが最低の金額らしい。ここで分かったことは転入した月は払わなくてはいけなくて、転出した月は払わなくて良いということだ。私たちは9月26日に転入したので、9月分は払わなくてはいけなくて、1月分は払わなくて良い。なるほど、今度は月初めに日本に帰って来ることにして、月末ギリギリに帰るのが一番お得っていうことが良く分かった。それにしても市役所の人も一言言ってくれれば10月に転入したのに…。
ところで保育園はと言うと、何と最終日に熱を出して帰ってきた。どうやら園でカゼが流行っているらしい。38度。このまますぐに下がってくれると良いけど。13日からは東京に移動なのに…。


1月9日(木) 今度はママが…
それは朝の7:30ごろだった。「お母さんが階段から落ちて動けないでいる。」とお父さんから電話があったのだ。とりあえずどんな様子なのか行って見ると、ママはリビングで横になっていた。と言うか、うつぶせに倒れていた。どうやら階段の最上階13段くらいのところから足を滑らせ、しりもちつきながら、ドンドンと一番下まで落ちたらしい。お父さんはそんな物音に気づかず眠っていて、ママの叫び声を「まったく朝から子供たちをうちに呼んでうるさいなー」と思いつつ下へ下りてきて、ようやくママが倒れているのを発見したらしい。ママは腰を痛がって動けないでいる。ママの体はちょっと大柄なので救急車を呼ぶしかない。お父さんは意を決したように119に電話をかけた。「妻が階段から落ちて腰を痛がって動けないでいるので来てください。くれぐれもピーポーと音を鳴らさないでくださいね。」と言い切ること3分、遠くの方からピ〜ポ〜ピ〜ポ〜と明らかに救急車が我が家に向かってきている音が聞こえている。しかも「左に曲がります、左に曲がります」というおまけまで付いてきた。お父さんはため息まじりに「音を鳴らさないでってお願いしたのに」と言っていた。案の定目の前の家の人が何だ、何だとやってきた。ここからが大変。まず病院をどうするか。確か希望を聞いてくれるはずと、私が働いていた病院に行こうと言うと、お父さんは「あそこは遠くてお見舞いに行くのが大変」とか「そこは病院に出たり入ったりが反対車線だから大変」とか自分の都合ばかり言ってくる。結局近くの古い病院になってしまった。理由は家から近くて楽だから。一体誰のための病院なんだろう…。
ママはレントゲン撮ったり、CT撮ったりした結果、腰の骨を骨折したらしいということがわかった。とりあえず絶対安静の1ヶ月入院が決まった。


1月6日(月) やっと保育園が始まった!!
長かった(と言っても10日間くらいだったけど)お休みが終わり、保育園が始まった。またちびコングたちはニコニコと先生に会いに出かけていった。今週でちびコングの保育園生活が終わり、私の自由な時間も終わる。まだ行きたいレストランは山ほどあり、毎日お姉ちゃんとどこに行こうか悩むほどだった。とは言っても、海外転出届だったり、税金の支払いだったり、やらなくてはいけないことはいろいろとあるけど。


1月1日(水) 元旦
今日は元旦。11時から実家でみんな集まって新年会。この「みんな」というのが怪しくてなぜかお姉ちゃんの前の夫も含まれている。しかもうちのお父さんはお姉ちゃんよりも前の夫の肩を持つことが多いので、前の夫はうちの実家だとやたらと態度がでかい。まあそんなことはおめでたい日には忘れて…と。お父さんの新年のあいさつで始まった新年会は楽しいどころかお父さんが酔うにつれ、だんだんと怪しい雰囲気になってきた。
「最近の女は自分が偉いと思っている」とか「女のくせに…」で始まる話は私や姉、母にとってはおもしろくない。楽しいはずの新年会は、早くどこかへ行きたいと思うような会になってしまった。私が小さかったころは楽しかったのに、一体どうしてこんなになってしまったのだろう…。
結局午後からは男性はマージャンを始めてしまい、女性たちは買い物行ったり、温泉に行ったりしていた。温泉に気軽に行けるのはやっぱり温泉町の特権だろう。それにしても元旦からあまり面白くない話ですみません…。