1月後半の日記


波乱万丈な家までの旅。果たして無事に帰れたのでしょうか???


1月17日(金) さようなら日本
朝になると、ちびコングは結構調子が良いようだった。これなら大丈夫そうと確信した。問題は私の方だったけど、私は何とかなると思っていた。ところがさらに問題はパパもインフルエンザにかかったみたいと言う事だった。具合が悪いというので、とりあえず残っていた私の薬をパパに飲ませることにした。今日は何といってもチェックインカウンターまで32キロ×4の荷物+ストローラー、ボストンバッグ、パパのPCのバッグ、ママバッグ、ちびコングを運ばなくてはならない。バスに乗り込むと5分くらいで空港に着いた。カウンターでは子連れということで特別なカウンターでチェックインをさせてくれた。これには本当に助かった。席もお願いしてあった、一番前で窓側の3列を確保することができた。お昼頃無事出発をして、すぐにランチになった。ちびコングはほとんど食べなかったがクッキーをいくつか食べていた。それから薬を飲ませて寝かせることにした。始めはイスに寝かせていたが、寝にくいらしく何度も動くので下に毛布を敷き、下に寝かせることにした。時々スッチーが来て注意する人もいたが、具合が悪いことを言うと、親が必ず付いていることを条件に特別に許してくれた。それからちびコングは到着2時間前の約10時間くらいをひたすら寝て過ごした。おかげで私が具合が悪いながらも「マイノリティーリポート」と「イナッフ」を見ることができて、とても充実した機内だった。パパはほとんど目を閉じて静かにしていた。
アメリカに着いたら、またちびコングは寝てしまった。入国審査も荷物のピックアップも車に乗るときも家に着くまでずーっと寝ていた。家に着いてからも本当は寝ているはずだった。ところが忘れてしまった自分の部屋のおもちゃを眠気眼に見てしまい、目がぱっちりと開いてしまったのだ。荷物の中にはちびコングに内緒で買った、大好きなアンパンマンのおもちゃもいくつか入っているので、とにかく大コーフンだった。それでもお昼過ぎにはみんなでお昼寝を5時間くらいしてしまった。でも、この分ならちびコングはあまり時差ぼけもなく過ごせそうな感じだ。


1月16日(木) いざ、成田
ちびコングの様子は少しづつよくなってきているようだった。熱の出る間隔があいてきたのと、ゼィゼィが少なくなってきたので感じた。それから笑顔も出てきて元気に遊んでいるし。それよりも私自身が辛かった。熱は解熱剤を飲めば落ちるけど、熱が上がるときは悪寒戦慄が始まりとっても寒くなってこれが結構大変だった。
いろいろと考えたけど、成田のホテルに行くことにした。実家に帰ろうかと思ったけど、ママは入院しているし、お姉ちゃんにはりーちゃんがいて移す可能性がある。それにお姉ちゃんもこの週末は検査入院することになっていて明日からいないし。都内のホテルにいるにも結構な料金になるし。ただでさえ、ほとんど外に出れずホテル内のレストランのご飯やルームサービスを頼んでいるため、3泊分の料金は予想をはるかに上回っていた。だから成田の方が安いこと、明日帰れるかもしれないということを考えて成田に移ることにした。
ちびコングはこの辺から薬でよく眠るようになってしまい、昼、夜がわからないような感じになっていた。それでも熱はあまり出さなかったし、熱がないときは元気なので大丈夫と思っていたのに夜中に熱を出してしまい、本当にキャンセルしようか迷ったので、アメリカのちびコングの主治医に電話することにした。先生は「ホテル住まいでご飯もろくに食べれない、熱がないときは意外と元気、それなら思い切って帰ってきたほうが良い」と言ってくれたので、思い切って帰ることに決めた。私の方は熱が上がる前に解熱剤を飲むという強行手段で何とかしのぐことにした。このころは1日3回の解熱剤は5回くらい飲んでいた。