癒しの科学
・西洋医学の限界
昔から、健康に関して「病は気から」「心の持ちよう」など精神的な態度によって良い方向へ向かうということは経験的に知られていました。しかし近代医学の発達に伴い、体の不調は、薬や手術など化学的物理的に治すことだけが求められ、心の姿勢や生活習慣などは返り見られなくなりました。近代医学は、合理的物質主義的世界観(世の中は物質の集まりで成り立っており、心は脳の働きだとする)を前提に打ち立てられているので、物質の集まりである身体の不調の原因も物理的要素(ウィルスなど)だと判断しているためです。
人間を物質的な部分(臓器や骨、筋肉)の集まりだと見ることにより、細かい部分の研究が熱心になされた結果、局所的な理解は進み様々なことがわかってきました。そして、外科や感染症などの治療には絶大な効果を発揮しました。しかし、20世紀後半ぐらいから、めざましい医療の進歩にもかかわらず、患者は減ることなく、新たにガンや脳疾患、心臓疾患、アレルギーなどの病気が増加傾向にあることが懸念されはじめました。
アメリカやイギリスにおいて一部の医療研究者達はいち早く近代医学の見直しとガンなどの原因解明に挑みました。西洋医学以外にも目をつけ、東洋医学や心理学からのアプローチの研究を始めます。そこで見出したのが「病気の原因を物理的な要素と決め付け、個別の臓器を治そうとする」大元にある見方、物質的機械的世界観にそもそも限界があるということです。近代科学の発見に伴い始まった世界観なので、デカルト・ニュートン的世界観とも言われます。また個別の要素に分解してみていくので還元主義とも言われます。
・物事の見方、世界観の問題
「木を見て森を見ない」と言われるように、近代医学は部分を研究することに熱中するあまり、人間の全体、自然とのつながりや、社会と個人の関係を見ることを怠っていたのです。そこでこれからの医療、健康を考える上で、近代医学の成果を認めつつ、東洋的な見方、物事を全体的、つながりあっている関係性でみていくことや、心の姿勢を重視することが必要であるというふうになってきます。
還元主義に対して、全体性という意味のホリスティック医療とか、正統医学以外の医療という意味で、オルタナティヴ・メディスン(代替医療)とも呼ばれます。
物理的な医療に対して代替医療は、心や関係性を考慮しているため客観的なデータをとるのが難しいことや、医学という権威の壁に阻まれ、物理的な世界観が支配する中で東洋医学を研究するのはかなりの勇気と根気が必要だったようです。それでも代替療法を体験する人が急増するにつれデータも蓄積され徐々に学者の間でも認知されるようになっていきます。現在では、アメリカやイギリス政府も代替療法に予算をつけ研究に乗り出しています。
・代替療法
全体性をめざす個人のセルフ・ケアとしては、ヨガや気功、メディテーションなどが流行り、療法としてはイメージ療法や外気功(気功師による気功治療)も行われはじめています。アメリカの一部の病院では、セラピューティックタッチという気功治療を看護士が手術中に施して、術後の経過を順調にすることに使われています。日本においては、数年前にホリスティック医学という組織ができ、西洋医学と代替療法を統合していこうという動きが始まりました。
・治しから癒しへ
ホリスティック医学は、東洋的な生命観を重視し、身体と心と環境をつなぐ「気」を養い流れをよくすることを基本にしているようです。医者が患者の病気を治すのではなく、患者が治療の主体となって自然治癒力を発揮し医者は自然治癒力が疎外されている要因を取り除く手伝いをするという、医者と患者の関係の見直しを提言しています。また「健康というのは、単に病気がないというだけでなく、精神的、社会的に健全であること」というWHO(世界保健機構)の定義に基づき、ライフスタイルや生き方、死生観についても考慮していこうとしています。
部分を治す医療から、人生全体を癒す医療をめざすといっています。
・ニューサイエンス
欧米の学者の間でホリスティックな視点が話題に取り上げられた背景には、20世紀初期に発見された物理学における革命ともいえる量子力学の発展があったように思えます。原子より小さな物質が見つかりそれは、今までのニュートン力学が説明していたような、個別のバラバラのものがビリヤードボールのように機械的に動いているとは言えなくなったのです。量子と名づけられた物質は、物質であると同時に、エネルギーあるいは場の振動、波動のような性質があることや、観察者が見るということにおいて量子に影響が出てしまうことが避けられず客観的な実験というのは厳密な意味では不可能であるということがわかってきました。
「お互いが分離して存在しているモノの世界」という近代以来の常識的な考え方が覆され、「すべてはつながりあっており分離しているものはない」ということが、極微の物質を熱心に探究してきた物理学において証明されたのです。「お互いが分離して存在しているモノの世界」という近代以来の物理学理論は、根本から作り直されなければならないことになりました。この世界の見方に対する変容を促す発見は、過去の権威を守るような学者以外の研究者の間で試され、新しい科学としてニューサイエンスという分野を築き上げることになります。
ニューサイエンスの旗手フリッチョフ・カプラは「タオ自然学」において、新しい科学(量子力学)と東洋思想を結びつけて論じベストセラーになりました。それ以来、新しい物理学の世界観は、学者だけでなく、あらゆる分野に浸透していき生活や生き方を考える上で参考するようになっていきます。自然と人間との分かちがたい関係においては、エコロジー運動に発展し、実際に東洋の心身鍛錬法を実践する中では心と身体の潜在力を開発する運動(ヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメント)に発展していきます。
・ニューエイジ
このように既成の物質的合理的な世界観に代わり、ホリスティックな世界観に基づづいた生き方を標榜する人々が現れニューエイジと呼ばれました。ニューエイジは膨大な領域において使われているので、簡単には言えませんが、中心的には自分の人生を合理的かつ社会的に規定された枠に納めるのではなく、自然とのつながりや個を超えた領域、スピリッチュアリティから意味を見出していく人々と言えるでしょう。アメリカ西海岸のエサレンでは「体験してみよう」という合言葉で、古今東西のあらゆる文化と智慧に心を開き、心身の無限の可能性の探究がなされました。
・脳科学
ホリスティックな実践において、体験のデータが蓄積されていき理論的な面でも発展していきます。心理学の分野では、人間性心理学やトランスパーソナル心理学を生み出し、量子力学の発展としては、複雑系の科学という物事の相互依存的な関係性がより精密に理論化されました。進化の理論と組み合わさると「物質は崩壊する方向に向かっているだけでなく、生命や心のように自己を組織化し複雑性を増す方向へと自らをすすませる力がある」という刺激的な発見につながります。この「自己組織化する能力」(オートポイエーシス)が、物質から生命を生み、生命から心を生むという進化のエネルギーであり、私たちの心もまた自己組織化する能力によりさらに進化していくという道筋が見えてきます。
そして内面的な体験を外側から客観的にとらえることができないのか?ということで、心の内面の対応物である脳に注目し、内面の変化を脳波や脳内物質の分泌でみていこうという研究(大脳生理学)がはじまり、脳のどの部分が心のどういう機能に対応しているのかが、かなりはっきりしてきました。しかし注意すべきことはこの分野の専門家は、心とは脳のことであり、心のありかがわかったと述べたりしていますが、心とは内面で脳は心を表現する形とみたほうがいいです。
脳の科学がいくら進歩しても、脳の中の状態から心の傾向を見れるだけで、「なぜそうしたのか?」とか意味については、実際に本人に聞いて解釈という作業をしなくては絶対にわかることはありません。脳を見て心がすべてわかるというのは、まさに物質的還元主義的科学観にほかならず、端的に言って間違っているのです。最近では遺伝子の研究がすすみこれもまた人間のすべてがわかるかもしれないと主張していますが、心の内面に関しては、対話するか深い内省をして体験の意味を解釈していく以外に方法はありません。
・精神神経免疫学
しかし、脳科学はリラックスしているときは脳でどのような反応があり、神経やホルモン分泌に影響を与えているかがわかるため、脳からのフィードバックにより
心を調えることに利用できます。こうして心の姿勢と体の反応の関係を研究する精神神経免疫学という分野が現れ、心の持ち方の指導が治療に積極的に取り入れ出しました。肯定的な心の姿勢を保つことが薦められ、「病は気から」という経験的な原則は科学的にも実証されたのです。信頼すること、希望を持つことは、実際にホルモン分泌を促し血管を拡げ自然治癒力を高めます。まさに癒しの医療と言えるでしょう。
また、最近の研究では脳細胞は年齢に関係なく増えることがわかり、肯定的な心を常に持ちつづければ、それに対応する脳神経が伸び健康な体と健全な心を支えていくのです。逆に否定的な心を持つと、それに対応した脳神経が伸び不健康とストレスを招いてしまいます。ポイントは私たちの健康は、心の傾向次第でありこれまでもこれからも体を作り続けていくということです。習慣のように脳に肯定的な心の反応をさせればさせるほど、逆に脳がリラックスしているため心は否定的な反応をしずらくなるという良い循環ができてきます。
・過去の思い出
しかし、単に良いイメージをするといってもなかなかイメージが湧いてこず難しいことは確かです。これもやはり日頃からの訓練が必要ですが、最初は過去の楽しかった思い出からイメージするのが簡単でしょう。どんな人でも子供の頃のワクワクしたり、うれしかった思い出があると思います。実際に行った場所や出来事ならイメージをしやすいし、喜びの感情もよみがえってくるでしょう。大人になっても心の中には、子供のように無邪気に遊びたいと言う気持ちが残っています。そのような心を抑圧せずに、イメージの中だけでも認めて力を与えると、普段の心もやすらぎや自信を取り戻してきます。心理学では、インナーチャイルド(内なる子供)を癒すといい健全な自己を形づくるのに欠かせないワークだとしています。
「今ここ」を大切にするのが基本ですが、頭の中が過去や未来でいっぱいの時は、積極的に過去に入っていき記憶を整理し未解決の問題と向き合うのもいいでしょう。今までの自分を客観的に見るためにも、自分史をつくり成功体験を思い出してみるのも有効です。失敗体験についても現在の自分から見ると異なった考え方ができるかもしれません。
・現実とは解釈
もう一つ脳に関する大発見として、脳は現実に起きていることとイメージを区別しないというのがあります。脳はイメージしたことを現実として受け取り体の反応をそのイメージに合わせて動かせます。例えば、夢の中で怖い夢を見て起きると実際の事実ではないのに心拍数が早くなるといったように。従って常に良いイメージを脳に与えると、実際には体調が悪くても脳はイメージを優先し体の調子を整えるようになります。
つまり、実際の事実よりそれを自分がどう受け止めたかが問題なのです。事態が悪い方向へ向かった時に、自信を失い否定的な感情に飲み込まれてしまうか、それとも一見悪い方向に向かったように見えるがそれ以外の見方が出来ないかどうかを探し、肯定的な意味を引き出すことが重要です。ポイントは出来事は、常に中立であり、自分が与える意味、解釈によって変わるのだということを理解することです。コップの中の水が半分になった時、もう半分しかないと思うのか、まだ半分も残っていると思うのかということです。
問題や苦しみとは、自己の成長のために自分で設けたハードルであり、より深く寛大な心を養うための機会です。危機とは、危険であると同時に機会、チャンスのことです。過去の自分を癒しながら、新たな成長へ向かうときはしばしば痛みを伴いますが、超えることのできないハードルを設けたりすることはないように思えます。どんな時でも、状況を打開するのは、環境や他者ではなく、自分の心のほうにあることを忘れないでおきたいです。アサジオリは常に「内面からはじめよう」と言っていたそうです。
すべての答えは自分の中にある。