「今」と「ここ」の気づき
パールズのゲシュタルトセラピー

自己実現をめざしたセラピーのなかで最もポピュラーなのがゲシュタルトセラピーであろう。自己表現が苦手だったり、個の確立をあいまいにしがちな日本の風土のなかでパールズの主張は真剣に聞く価値がある。

パールズの発見は、もし心理的な問題があるとするなら過去に原因があったとしても、それは今ここで現れており、その場で解決が可能なのだとしたことである。私たちは普段の人間関係や新しいことを始めようとするときに、過去の失敗や苦い記憶を思いだし行動や言動をためらってしまう。そのような未解決の状況が現れてきたときにいまここで充分に再体験し終結させることが心理的成長につながるという。

しかし通常私たちは未解決の状況を自覚するのを避け、心理的な問題が意識に浮上するのを抑圧してしまう。その結果、生き生きとした現在を生きることが出来ず本来の自分を生かせずにいる。


自覚を避けることによって生じる知覚と行動の硬化が、心理的成長の障害になる。パールズが上げる4つのメカニズムを見ていこう。

*成長の障害

1.取り込み
  取り込みとは個人が価値観、態度、行動を充分に納得せず無自覚に自分のものとして組み込んでしまうことをいう。流行だからとか規則だからとか先生や親に言われたからなど、よく吟味もせずに鵜呑みをしてしまうと後でほんとの自分と理想の自分のギャップで葛藤が絶えなくなる。自分がほんとうに感じていることと、他人が自分に感じてほしいと思っていることやただ他者が感じていることを識別しにくくなる。他者を優先しがちになり自己の存在する余地がなくなってしまう。

2.投影
  投影は取り込みの反対で自分に端を発しているものを他者のせいにしてしまう傾向をさす。これもよくありふれた心理である。自分のものだと認めたくない衝動、欲望、行動を抑圧し意識から除外してしまうと、今度はそういった性質を他者の中に見てしまうのである。例えば怒るということは良くないと厳格に育てられた場合、本人の中で怒りが起こっても無意識に排除し投影してしまう。その時本人が怒っていることに気づかず、他者が自分に対して怒っていると感じてしまう。自分から他者に向けられた思いがブーメランのように跳ね返ってきてしまうのだ。


3..融合
  融合とは自分と他者の境界がはっきりせず重なり合ってしまうことをいう。例えば、自分の子供を単に自分たちの延長物としか思わない両親などに当てはまる。両親と融合せず、また期待に応えられないとき、子供は拒絶され疎んじられることになる。「おまえは私の息子ではない」とか「親のいうことをきかない子供は面倒みませんよ」と。親しい友人の中でも似たようなことを言ってしまうことがあるのではないでしょうか。

4、反転
  反転とは「鋭く元へ跳ね返ってくる」ことを意味し、エネルギーを外に向けて環境を操作したり変えたりすることに使わないで、自分自身の内面に向けてしまう。人が行動を反転するときは、その人が本来、他者に対してしてあげたいと欲したものを自分自身にする。「する」立場と「される」立場に分裂してしまうのだ。「私は自分自身が恥ずかしい」とか「この仕事をするために私自身をムチ打たねばならない」などと、「自分自身」という言葉を使い自分を責めているときには反転の状態にある。

パールズはセラピーを行う場合に、この4つのメカニズムを基本にしていた。個人はこのような4つの傾向をいろいろなバランスで持っておりどれか一つだけが作用することはあまりないと指摘している。

まとめると、取り込みのある人は、他社が自分に望むようにし「彼ら」であるにもかかわらず「私」という代名詞を使う。投影のある人は、本当は自分の方が他者を責めたいのであるが、他者から責められているととり、実質上は「私」であるところが「それ」とか「彼ら」という代名詞が使われる。融合のある人は、誰が誰に対して何をしているのか知らず、実質上はどちらかわからないにもかかわらず「我々」という代名詞を使う。反転のある人は、他社に対してしてあげたいことを自分自身にし、「私自身」という再帰代名詞が使われる。


*今ここ中心のセラピー
パールズのセラピーは、自分が今ここの現実からいかに逃げているかをしっかりと経験させることを目的とする。

「セラピーの始めから、クライエントに勧める簡単な言いまわしがある。それは、「今私は何々に気づいています」という言いかたである。この「今」という言葉は常に我々を現在に引き戻し、現時点を除いてはいかなる経験も不可能であるという事実に引き戻してくれる。」

また、自分の経験に責任をとるという意味で、「それ」とか「あれ」「何々について」という言いまわしをよく使う人には、「私」という主語で始めるように勧める。

「私は何々である。という言いまわしは、自分の感情や思考、徴候を自分の問題として感じさせる訓練になり、本人の実存的象徴となる。どんなことであれ、今、本人が経験しつつある実存を自覚させる手立てになる。」

パールズは一つの指標として「ゲシュタルトの祈り」を提供する。
「私は私のことをやり、あなたはあなたのことをやる。
私はあなたの期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたは私の期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたはあなた、わたしはわたし
もし、偶然互いが出会えば、それはすばらしいこと
もし出会わなければ、いかんともしがたいこと。」

親や周りのひとの期待を裏切りたくないと思っている反面、自分のやりたいことは他にあると気づいたとき、このゲシュタルトの祈りは私にとってとても役に立った。いろいろなしがらみで身動きが出来ないとき、この文句を繰り返し思い浮かべるといいでしょう。

最後に「自己成長の基礎知識」という本から、自覚の連続体という練習課題を紹介します。
「一秒一秒自分が体験しているものをただ自覚する。今の自分をどのように体験しているかを自覚するのである。そして自覚の進展を観察する。計画、リハーサル、空想、追憶などで、いつ自分自身を妨げているか。純粋な自覚を許さず、評価を下していないか。この自覚の訓練をどう感じているか。自覚を維持しようとする試みをどのように怠けようとするかに、特に注意すること。それらの怠け方は、普段、世界や自分の体験としっかり接触するのを妨げる習慣的なやり方だろうか。何を避けているのか感じ取れるだろうか。未解決だと感じる状況が浮上してくるだろうか。

この課題の眼目は、現状を十分に体験する能力を発展させることによって、体験能力を向上させるところにある。これは、瞬間瞬間、自分の体験に注意を払うことを通して、自分自身を充実した意味ある人生に必要とされることに役立てるという仮説に基づいている。」

今ここ」こそ、スタートラインであり、また人生のゴールでもある。
「今ここ」の気づきを保つこと


参考文献
ゲシュタルト療法  パールズ著  

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