人生脚本の書き換え
私たちの人生の一側面は、ある脚本に基づいて進行していると言えます。その脚本とは、子供の頃に、親や学校の先生、周りの大人達から教わった、自分についてのイメージから成り立っています。子供は、客観的に自分を内省する能力がないため、自分を知るためには大人達に言われたことを無邪気に信じるしかありません。特に、母親とのつながりは強く、生存をすべて依存しているので、母親の言うことは絶対に受け入れてしまいます。そして、皆に受け入れられるために、善良であろうとし、完璧なイメージを作り出します。しかし、この完璧なイメージは、周りの大人達が植え付けたイメージであるため、本当の私とは合致しません。このイメージを本当の自分だと信じるために、イメージと「私」とのギャップの中で苦しむのです。
誰かがあなたに対して言うことは、その人が信じている「あなたとは何か」をいうのであって、あなたに対する事実ではありません。しかし、私たちはその言われた言葉に同意して、次から次へと、もう一人の自分という脚本、プログラムを創造していきます。そしてある時点で、そうしたイメージを完全に取り込み、本当の自分であると思いこみます。そうしてあなたがこれが自分だと信じるものは、他の人達からやってきた歪まされたあなたのイメージになってしまうのです。子供は、自分自身を見ることが出来ないので、彼らを信じ、彼らに同意します。同意するや否や、そのイメージはあなたの記憶の中にプログラムされ、そしてこれこそが自分だと信じるようになります。
この歪んだ脚本、プログラムを見出し、新たな同意、脚本を作っていくことは、自己の成長にとってきわめて重要なプロセスです。望んで手にしたものがあまり満足しなかったという経験があるかもしれませんが、これは望んでいたのは偽りの脚本からのもので、本来の自分の欲求ではなかったことを意味しています。つまり偽りの脚本を自覚しないままでいると永遠に、本当には望んでいないものを求めてしまうことになるでしょう。物質的な豊かさ、地位、業績、評判、体型など、手に入れるために懸命に努力する前に、本当に望んでいることなのかを点検してみるといいでしょう。正しい努力をする前に、正しい意図が必要なのです。
それでは、何が他人によってあなたに投影されたイメージなのでしょうか?あなたが「私は頭がいい、愚かだ、私は美しい、醜い」と言うとき、それは実際には「私は何々である」と告げるそのプログラムなのです。これらのイメージは単なる知識であるか、または、多数の観念であって、あなたではないのです。他人からの投影されたイメージがすべて悪いわけではありません。それは単なる情報です。問題は情報をどのように受け取るかです。子供の頃は、「恐れ」のために選択することが出来ずただ受け入れてきたものを、現在の自分の意識で合意し直すことが脚本の書き換えというワークです。
ドン・ミゲルはこのワークに関してこのように言っています。
「他の人達の、あなたはこうあるべきだとするイメージに気に入られようとする努力の長い歳月のあとで、あれこれの反抗や、真の自分を見出そうとする努力の果てに、あなたはとうとうギブアップして、あなたはこうだとする他人が作ったイメージをあなたは受け入れます。しかし、自由を憧れる何かがあなたの中には存在するのです。それはつねにあなたにこう囁き続けます。「これは本当の私ではない。これは私が本当に求めるものではない。」と。あなたは、真の自分である自由を持ちません。なぜなら、あなたは自分がこうあるべきだと考えるイメージの罠にかかっているからです。」 四つの約束 ドン・ミゲル
私たちの現実についての見方は、自分はこうだと信じるもの、偽りの脚本に基づいていますが、自分について信じていることは一つの観念に過ぎません。それは、知識ですが、知識はそれが真実であることを意味しないのです。知識は自分が知っているものを意味しているだけです。私たちは、知識や情報、他人の意見を知りたがり、自分自身を外部に探し求めます。自分を曇りなく映し出してくれる他者を探しますが、そのような透明な鏡になれる人はめったにいません。たいていは、その人の脚本、信じているものを押しつけられることになります。問題は、私たちがもはや今ここにある自分を信頼していないことにあります。今の自分が充分ではないと思いこみ、自分にはないと信じる性質やものを外へ探し求めます。満足、やすらぎ、喜び、美、そして愛を。こうしたすべては、実は常に自分の内部にあるものであるのに.・・・・
・健全な自我(受け入れ可能な自己イメージ)を育てるセラピー
この脚本の書き換えという作業は、認知療法や論理療法、交流分析などにおいて健全な自我(自己イメージ)を育てるのにも使われてきました。そうした療法はちょっとした抑うつや落ち込みに対処するためにとても優れています。私たちは、誰でも少しくらいは自己破壊的で有害な、残酷な脚本を持っています。「私はいやな人間だ。私は役立たずだ。私は何一つまともにできない。」というような歪んだ脚本を持っていると、「自分にはできない」と自分自身にいい続けなかったら引きうけることができたはずの、肯定的な役割、仕事、役職すべてから身を引くことになってしまいます。つまり、自己の可能性を発揮し、社会で活躍することを制限してしまうのです。
こうした偽りの脚本は、要するに嘘であるため、現在の証拠に照らし合わせて合理的に解釈していくことで解消していきます。
「認知療法の先駆者アロン・ベックは、ほとんどの抑うつのケースで、人々は一まとまりの偽りの脚本・信念を持っており、そうした神話を、まるで事実かのように復唱しつづけていることを発見しました。抑うつ状態にあるとき、私たちは事実ではないやり方で、自分に話しかけているのです。「ある人が私を好きでないのは、それは誰も私を好きにはならないということだ。私がこの特定の仕事をしくじるということは、私がなにもかもしくじるということだ。私がこの職につかなければ、私の人生は終わりだ。」などなど。セラピーを受ける人は、自分の内的な対話をモニターして、偽りの脚本を見つけ、それからそれを理性と証拠に照らすように言われます。「なるほど、この職に就かなくても、私の人生が本当に終わりだということにはなりませんね。」と 万物の歴史 ケン・ウィルバー
セラピストは、あなたがこうした偽りの脚本を根こそぎにし、自分についてのより現実的な解釈、内面についてのより真実な解釈に取り替えるのを助け、それによって偽りの自己が実際の自己に道を譲ることができるようにするわけです。ポイントは、「違ったふうに考えなさい、そうすればあなたは違ったふうに感じ始めるだろう」ということです。親の役割や肩書きなどに、どっぷりとはまっているときは、普段とは違い、極端な見方をしてしまうものです。特に仕事や人間関係で失敗したときなどは、「自分は何をやってもだめだ」とつい思ってしまうことはあるのではないでしょうか?このような自分に対する否定的なセリフを繰り返しいい続けていると偽りの信念にまで大きくなり、何かをするのに今ひとつ自信がつかないということになるのです。もし、自分にはそのような脚本は一切ないという人がいたら、完全に脚本にはまり込んでいる可能性があるので要注意です。
人生の脚本は、その人の生き方に枠組みを与え、方向付けるものであるため、一度は徹底的に掘り返してみる必要があります。自分があたりまえのように信じているものを、もう一度見直してみることはあまり気持ちのいいものではありません。なぜなら、今や「私」はその脚本に同一化しているため、脚本を書き換えるということは、自己の根底がゆさぶられることになるからです。脚本に同一化している程度において恐れの度合いも違ってくるでしょう。しかし恐れや苦痛が大きければ大きいほど、成長の度合いも大きくなるとも言えます。もし完全に脚本に同一化していて何の疑いもなければ、恐れや苦しみを感じない代わりに、本来の自己を見出す機会もなくなります。人生の脚本の書き換えは、本来の自己を見出し、さらなる可能性を探究する上で、過去の重荷を降ろすようなものです。周りの人からの未来への期待と、過去に教わった自分に対するイメージ、記憶を手放して初めて、今ここに在ることができます。
脚本の書き換え 完璧さのイメージ
最も重要な脚本は、あなたが自分とする合意で決まります。これらの合意を通じて、あなたは自分に、あなたが誰であるか、あなたが何を感じるか、あなたが何を信じるか、そしていかにふるまうべきかを告げるのです。
あなたは自分自身についてもつ歪んだイメージに気づいていますか?子供の時他の人達があなたに投影したイメージはどんなものですか?何を、あなたは自分について信じることに同意しましたか?何があなたにはでき、できないか、そして何があなたにはもて、もてないかを教える合意事項を考えて下さい。
このワークは、あなたが自分とした合意に気づき、真の自己への気づきを取り戻すのを助けてくれます。その目的は、あなたの創造性、自由を制限するどんな合意にも気づくようになることです。以下のそれぞれの質問に対するあなたの感情反応に注意を向けてください。感情は突き詰めれば、恐れか愛の二つになります。どの合意が恐れから、どの合意が愛から来たものですか?質問に対するあなたの考えをノートに記入してください。
1、親や他の人たちがあなたに投影したイメージはどんなものですか?
私が子供の頃、私は と言われた。
2、どんな限界を持っていると言われましたか?
私は、自分の限界は と言われた。
3、あなたが子供の頃、女の子または男の子であるとはどういうことなのだと、他の人たちから言われましたか?
私は女の子(男の子)というのはつねに であるべきだと言われた。
あなたは女の子(男の子)はかくあるべきだとするその理想のイメージに合致しましたか?
4、あなたは今日、女性または男性であるとはどういうことだと信じていますか?
私は女性というのはつねに であるべきだと信じている。
私は男性というのはつねに であるべきだと信じている。
5、あなたがかくあるべきだと言われたこと(性質)のすべてを、人格的・身体的なもの両方を含め、リストにしてください。
私は であるべきだといわれた。
6、あなたが自分が持っていると信じているすべての性質をリストにしてください。
私は自分が だと信じている。
7、他の人達があなたはこうだと考えているとあなたが信じているすべての性質をリストにしてください。
私は他の人たちは私のことを だと考えていると信じている。
8、あなたには欠けていて、もちたいと望んでいる性質のすべてをリストにしてください。
私は自分が のようであればいいのにと思う。
・私たちの完璧さのイメージが、私たちが自分を拒絶するようになる理由です。それはなぜ私たちがあるがままの自分を受け入れないか、あるがままの他者を受け入れないかというその理由を説明してくれます。
9、完璧さについてあなたが思い描くイメージを記述してください。どんなふうにあなたは見えますか?どんなタイプのパーソナリティをあなたは持っていますか?
私の完璧さのイメージは である。
このイメージに適合するために、あなたは自分の何を変えなければなりませんか?
完璧さについての私のイメージを実現するためには、私は でなければならない。
10、あなたはこれらの変化を成し遂げる意志をもち、またそれが可能ですか?そして何故それができ、またはできないのですか?
この完璧さのイメージを実現することはあなたにとって人間的に可能なことですか?可能不可能の理由は?
あなたの完璧さのイメージはあなたにベストを尽くすようにする刺激になりますか、それともたんに意気を挫くだけですか?
・私たちは同様にして他者を自分たちのもつ完璧さのイメージに基づいて判断してしまいます。当然ながら、彼らはその期待を満たすことはできません。
11、あなたが自分の人生で出会う他の人達に対して抱く完璧さのイメージはどんなものですか?
パートナー、子供、両親、親友、同僚、上司に対して私が抱く完璧さのイメージは である。
・私たちは、自分はこうあるべきだと思われていると(自分で信じている)存在ではないことを知っています。だから私たちは虚偽を(演じている)と感じ、欲求不満になり、不誠実だと感じてしまうのです。私たちはしばしば自分自身を隠そうと努め、自分でないものを装ってしまいます。その結果、私たちは自分がニセモノだと感じ、他者にこのことに気づかれないように、社会的な仮面をかぶるのです。
12、どんな社会的仮面を、あなたは周りの人にかぶって見せていますか?
私の社会的な仮面は である。
これらの社会的仮面を、あなたは他の人々の判断を恐れるがゆえにかぶっているのですか?
私はこれらの仮面を だからかぶっている。
もしあなたがその仮面を脱いだら、何が起こるでしょう?
もし私が仮面を脱いだら 。
もしあなたが本当の自分を表現したら、どういうことになるのでしょう?
もし私が本当の自分を表現したら 。
13、1から10までの目盛りに、1にはあなたが同意した歪んだイメージを当て、10にはあなたの真実の姿を当てたとして、あなたは今、この目盛りのどのあたりに位置しますか?
私は次の 番に当てはまる。
1・2・3・4・5・6・7・8・9・10
14、真のあなたを尊重するような、あなたが自分自身とすることができる約束を、少なくとも四つ上げてください。
私は によって、私の偽りのない自分を尊重したいと思う。
あなたの四つの約束を実践することによって、あなたの真正の自己に向かう一歩を踏み出すことを確約してください
「四つの約束 コンパニオン・ブック」 ドン・ミゲル・ルイスより