呼吸
生命の真髄
呼吸は私たちが生まれて最初に自分で行わなければならない活動です。それは、「私は生きている」という宣言であり、一つの記念すべき出来事なのです。それ以来現在まで、一回も休むことなく働き続けています。体を動かさなかったり、食事をある期間抜いても、命に別状はありませんが、呼吸を数十分止めただけで、脳への酸素が停止し深刻な影響がでます。「息(いき)をすることは、生(い)きることである」という言葉があるように、呼吸は私たちの生命の根幹をなしているのです。
呼吸の興味深いところは、代謝や内臓、血液の循環などと同じように自動的、不随意的な機能であると同時に、筋肉の動きのように意図的に行うことの出来る機能でもあるところです。心臓の鼓動に直接働きかけることはできませんが、呼吸を変えることにより、自律神経の活動を高めたり低めたりすることはできるのです。呼吸のパターンを知って緊張を生み出すものから、リラクセーションを生み出すものへと変えるようにすることは、心と体を整える技法の核心的で最も簡単なものであると言えます。自律神経のバランスの乱れから生活習慣病を起こすケースが急増しているため、呼吸法の修得はきわめて重要であると言えます。
生活の中の緊張は、身体の組織を緊張させますが、その組織の緊張は毛細血管を圧迫します。その結果、細胞に送られる血液の量が減少し、正常な呼吸において細胞に届く酸素の量が減り、細胞から不要のガスを排出する量も減ることになります。緊張はまた、構造的にも細胞の気体交換に悪影響を与えます。というのは、緊張はすべての細胞膜を囲んでいる薄い結合組織(筋膜)を厚くしてしまうからです。このように結合組織がストレスの下でだんだん硬くなってくると、それは、気体交換の機能にとって事実上、障壁をつくることになるのです。
呼吸の働きの一つに、この毛細血管の圧迫をゆるめ、障壁をつくらないようにすることがあります。血液の流れは、筋肉の動きにより、動いていきますが、私たちの生活ではそれほど運動する機会がなく、座っていることが多いです。そのため、じっとしているときにも、血液の循環を促してくれる呼吸が重要なのです。
現代のストレス社会では、身体がこわばり上半身の緊張により胸式呼吸(息を吸ったとき胸が膨らむ仕方)になりがちになります。胸式呼吸では、横隔膜があまり動かないため、浅い呼吸になり、リラクセーションは起こりにくくなります。その反対に、吸ったときに横隔膜を下げて腹を膨らませる腹式呼吸は、深くゆっくりとしていて、リラクセーションを生む呼吸と言えるでしょう。
人間の肺には、7億5千万の肺胞があります。それが、酸素を吸っているわけです。ところが、普通の場合、一生かかってもそのうち1億5千万程度しか使わないのだといいます。それに対応して、普段の呼吸では肺の5から6分の1程度の表層しか換気されないといいます。いくら部屋の換気に気を使っても、それではずいぶん不健康ではありませんか。横隔膜を使った腹式呼吸をすると、この状況は一変します。
実践により、無意識でも腹式呼吸が身についてくると、スタミナとか集中力が変わってきます。大きな力を発揮するのは、肺が関係しているので、浅い呼吸ですとイライラと落ち着かず、根気がないだけでなく、自分の実力を発揮することができないのです。深い呼吸によって酸素の吸収力が増せば、エアロビクスのように「消耗すれば酸素がはいってくる」のではなく、「消耗が減って酸素の吸収力は増す」ようになります。それは、当然脳の能力を高め、脳細胞の酸素が通わないことによる死滅を遅らせることになります。
呼吸作用を具体的に見ていくと、胴体の上部はふいごの仕組みになっており、実際には胸郭、肺、横隔膜が一緒になってエアポンプのように機能しています。呼吸の目的は、自然から酸素を取り入れ、身体にとって不要になった気体(ガス)を排出することにあります。細胞が行う気体交換も、呼吸作用によって起こります。体内の細胞一つ一つに燃料を供給し、これらのエネルギー処理反応を引き起こしているのです。呼吸することは、文字通り身体の隅々までエネルギーを供給すること、つまり電源を入れることなのです。
このエネルギー供給が浅いか深いかによって、常に行われているだけに非常に健康を左右するものとなります。深い呼吸を身につけておくことは、一生の宝になるでしょう。特に、身体を統御している一番重要な脳は、酸素を最も多く必要としている器官です。わずか10回かそこらの適切な呼吸をしただけでも、その直後には敏感さのレベルが違うのがわかるでしょう。まさに息をすることにより、生き生きとしてくるのです。「脳の食べ物」ということを考えるならば、その最もすぐれた燃料が酸素なのです。それを正確に正しい量で供給する最良の道は、腹式呼吸によるものなのです。
また、呼吸と心の状態は密接に関連しています。怒るときは、呼吸は荒くはげしくなります。恐れがある時は、浅くなります。そのため、心を落ち着かせようと言い聞かせるよりも、呼吸を変えたほうが落ち着く場合があります。強い感情は身体の奥深くに埋め込まれているため、表層の意識で変えようと試みてもなかなかうまくいきません。呼吸は、身体の自律的な動き、無意識とつながっているため、無意識のエネルギーを方向付けることができます。
胸式呼吸から腹式呼吸へ
普段どんな風に呼吸をしているでしょうか?多くの人は自分の呼吸の仕方を意識してませんので、自分に有利なように呼吸を用いることができません。まず初めに、腹式呼吸と胸式呼吸の違いをみてみましょう。
一方の手のひらをお臍にあてて、他方の手をその上に重ねて下さい。
呼吸の仕方をまったく変えることなく、ただ、息を吸いこむときにおなかがふくれるか、平らになるかやってみてください。ふくれるならば、少しは横隔膜を使って呼吸をしているのです。おなかが動かない場合は、胸で呼吸しているのです。
鼻から深く息を吸いこんで、それを完全に口から吐き出してください。ホッとしたというときのため息(ハァー)のように耳に聞こえるぐらいの音をだして。腹が平らになるのをみてください。そして、さらに腹を引っ込ませて、息を全部吐き出してください。最後に口をすぼめてフーと長く細く吐き残っている息を出しましょう。軽く腹を手で押すのも役立つでしょう。呼吸の前に横隔膜をマッサージするのも効果的です。筋肉が硬いとそれだけ不必要な力が呼吸にかかることになります。息を吐ききったら、次の息は鼻から入ってくるにまかせてください。
胸式の呼吸から横隔膜呼吸へと移るうまいやり方は、一息で息を完全に吐き出すことです。だから口から息を吐くのです。完全に肺を空っぽにするのです。十分な呼気によって、肺の底から汚れた空気が全部押し出され、その結果できた真空が、自動的に深い、横隔膜呼吸を引きこみます。ホッとしたため息のように考えてください。ため息やあくびは、深い空気の交換をすることになりますので、
ストレスや緊張を解放するための体の自然なやり方なのです。
ポイントは、横隔膜を下へ降ろすことと、吸う息よりか吐く息の方を長くする、そして息がでるにまかせるということです。緊張を吐く息と一緒に手放していきましょう。腹式呼吸を2、3分続けるだけでも、ほんとうに緊張から解放された時間がやってきます。日常において意識しなくても腹式呼吸をしていくためには、日々の実践は欠かせません。
「からだに聞いてこころを調える」 ジョーン・ボリセンコより
丹田呼吸法
おへその下指4本分の所には解剖学的な体の中心である、中国医学でいう丹田というツボがあります。気功の様々な流派では、この丹田を鍛え気を充実させることが最もポピュラーに行われています。ヨーガでも、丹田の位置は、スワディスターナという2番目のチャクラに対応し、性と力を司ると言われています。また肉体的な組織では、仙骨に対応しています。この私たちの生命力に関して最も重要な丹田を鍛えるのに、簡単な方法として丹田呼吸法があります。
まず肩とひざの力を抜いて、まっすぐに立ちます。
腹式呼吸の要領で、ゆっくりと鼻から息を吸い、のどから腹に息を送り込みます。
その時吸った息が、丹田のところまでくるとイメージします。
そしてゆっくりとまた上ってきて、口から吐いていきます。
肩と胸に力が入らないように、腹だけで呼吸します。
徐々に丹田のあたりが温かくなってくるでしょう。
あるいは熱くて赤いボールを丹田にイメージし、それが呼吸のたびに熱くなるとイメージしてもいいでしょう。
丹田が温かくなるということが、気の充実の一つの目安になります。
完全呼吸法で生命力を行き渡らせる
呼吸は古来、生命力そのものであると言われてきました。呼吸は身体の活力を
上げると共に、感覚を生き生きとさせ、感情を昂揚させることにも利用することができます。私たちが、自然や世界を体験するのは、身体の感覚が基本になっていますが、果たして身体感覚はどれだけ研ぎ澄まされているでしょうか?
実験してみましょう。仰向けに寝て、じっくりと身体感覚を探りはじめます。何かを感じようとするのではなく、注意を体中に走らせ、体の様々な場所に肯定的あるいは否定的な感覚があるかどうかみてください。例えば、足は感じるでしょうか?心臓は、頭は、足の甲は、お尻はどうだろうか?身体のどの部分に感覚が充分にあり、生き生きとした強さがあって、どの部分がだるく、重ぐるしく、死んだように生気がなく、張っていたり痛みがあったりするかに気づいてください。
これを3分間つづけ、どれほど自分の注意が身体から離れ、考え事に入っていくかに留意してください。たった3分間さえ身体にとどまるのが難しいことに驚かれたでしょうか?私たちは足、おなか、肩を実際に感じるのではなく、習慣から単に、足、おなか、肩のことを考えてしまうのです。自分が身体の中にいないとしたら、いったいどこにいるのでしょうか?
完全呼吸法とは、腹だけでなく胸も使った呼吸法です。
仰向けに寝たまま目を閉じ、ゆっくりと呼吸します。吸う息をのどから腹に持っていき、腹を大きくふくまらせその後胸も広げます。腹と胸の中に大きな風船があって、空気を吸いこむたびにその風船が大きくふくらむとイメージしていきます。その風船は、腹では思いっきりふくらませ、胸ではゆるやかにふくらませます。ふくらんだ風船の柔らかい力を感じることができない部分がある場合には、風船をもう少しふくらませてその部分へ広げていきます。次にゆっくりとなめらかに吐き、胸をしぼませその後腹をしぼませます。風船の中を完全にカラッポにします。腹部をふくらませ、骨盤まで届くように風船の中の柔らかくてしっかりした圧力を保ちながらこれを7、8回繰り返します。どの部分が硬いか、張っているか、痛いか、無感覚かに特に注意してみてください。
風船でふくらんだ部分全体を一つのものと感じることができるでしょうか?それとも胸、腹、骨盤という部分に分離、分裂し、個別の部分が硬さ、緊張感、痛みの領域によって分かたれていると感じるでしょうか?こういったちょっとした痛みや不快感があったとしても、風船全体に行き渡っている感覚が心地よい喜びであることに気づきはじめるかもしれません。文字通り喜びを吸いこみ、喜びを自分の心身に放射しているのです。空気を吐き出す際、息を無駄に捨て去るのではなく、体全体にいきわたる喜びとして解き放ちましょう。こうすれば、微細な喜びが心身にいきわたり一回ごとにだんだん充満していきます。これがよくわからない場合は、あと2,3回呼吸を拡大させ、喜びのレベルを生じさせましょう。
もしかすると、なぜ東洋の伝統が呼吸を生命力と呼ぶのかが、感覚的な意味でわかってくるかもしれません。吸う息では喉から生命力を腹部へと吸いこみ、からだに生とエネルギーを充満させます。吐く息ではこの力を微細な快感や喜びとして心身自体に解き放ちます。生命力を喉からへそを中心とした腹へと吸いこむ完全な風船呼吸を続ければ、吐く息を腹からからだ全体へ向かっての生命力の放射と感じはじめるかもしれません。喉から息を吸い込むたびに、腹に生命力が満ち溢れます。。
今度は、吐く息の際に、その生命力や喜びの放射が、どの程度下まで感じられるかを見ますー両足・太もも・膝・足首。最後には文字通り足の指先まで感じられるようにしましょう。これを何呼吸か続け、次に同じことを上にむかってやってみます。その生命力が腕、指、首、脳などに向かって放射されているのが感じられますでしょうか。そして今度は、吐く息の際に、この微細な喜びをからだをとおして外の世界へ向かわせましょう。自分の呼吸を身体をとおして無限に広がる空間へと解き放つのです。
これらの要素をすべて組み合わせると、完全な呼吸の一サイクルができあがります。吸う息では息を喉から腹へと吸いこみ、そこを生命力で充満させます。吐く息ではこの微細な喜びを心身全体をとおして、世界、宇宙、無限の空間へと解き放ちます。このサイクルが完全になれば、今度はあらゆる思考を吐く息に溶けこませて、無限の空間へ明け渡しはじめます。それと同じように、ストレス、嫌な気分、病気、苦しみ、悲しみ、恐れ、痛みに関しても、吐く息に溶けこませて、無限の空間に手放していきましょう。
このワークは心を楽にして、自由で解放された感覚を味わうのに最も強力な技法です。すべてを手放す感覚をつかむことが出来れば、日常においても瞬間瞬間しがみついている否定的な感情を解き放つことが出来るようになるでしょう。他人や苦しみや否定的な感情が問題なのではないのです。それにしがみつくこと、同一化することが問題なのです。
「無境界」 ケン・ウィルバー より